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  • 執筆者の写真家頭 恵

『ウマ娘 プリティダービー』から考える馬名使用と権利の関係とは

 『ウマ娘 プリティダービー』が人気ですね。今、売上高は世界トップクラスのアプリだとのことです。私も「サイレンススズカ」を育成し、その圧倒的スピードを体感でき、天皇賞に勝った時は感無量でした。今回は、この人気に便乗して『ウマ娘』と馬名について考察いたしました。


 このゲームでは、「ディープインパクト」や「ステイゴールド」、「アパパネ」等の一部有名馬をモチーフとした“ウマ娘”が登場していません。この理由は実は不明なのですが、一説によれば馬主の許可が得られていないため、とされています。


 実際、『ウマ娘』の公式サイトには“許諾をいただいて馬名をお借りしている馬主のみなさま”との記載があり、登場する“ウマ娘”の名前は許可を得て使用しているとのことですので、上記の説はおそらく本当です。


 しかし「実在馬をモチーフとして擬人化された“ウマ娘”たちをゲームに登場させるのに、実在馬の馬主の許可っているの?」という素朴な疑問があります。フツ―に考えれば「許可がいるよね」って雰囲気ですよね。

 

 なぜなら、人間の場合、例えば「実在するSMAPメンバーが女性として転生した。主人公はマネージャーになって、女性版SMAPをナンバーワンアイドルに育成する」みたいなゲームを、木村拓也さんたちSMAPメンバーの許可なく作って販売したら「パブリシティ権の侵害」になるでしょう。さらに、私のような無名弁護士であっても、私の名前、写真を使ったゲームやカレンダーを販売した場合には「プライバシー権の侵害」になるでしょう。


 どちらにしろ、人間の場合は本人の許可なく名前や写真を使って商売されたら、有名人だろうが無名の人だろうが、民事上違法の評価を受け、損害賠償請求や差止請求の対象となるのが普通です。

 ところがどっこい、馬はそうではありません。馬はモノであり、人ではないのです。著作物でもありません。実名の馬を無断でゲームに登場させられたということで、賠償と差し止めを求めて馬主たちが最高裁まで争った事件があります。「ギャロップレーサー事件」「ダービースタリオン事件」、いずれもゲームの名前が事件名です。最高裁はこれらのゲームで使われた馬についてパブリシティ権を否定し、馬主たちの請求を棄却したのです。

 そのため、現時点においては、実在する馬の名前や写真を使用してゲーム作っても法的問題はありません、というのが私の認識です。まして“ウマ娘”たちは、あくまで実在の競走馬をモチーフにしているものの、転生とかではなく無関係という建前です。実在の馬をそのまま使用しても問題無いのに、転生やモチーフなら法的には全く問題無いのは間違いありません。「ディープインパクト ウマ娘」を出しても法的問題は無いでしょう。


 では法的に全く問題無いと思われる“ウマ娘”たちの名前を、わざわざ許可を取り、許可のないものは出していないのはどうしてなんでしょうか?このあたりは、私も全くわかりません。上記の事件の後、ゲーム業界とJRAないし馬主業界といろいろあったのかもしれませんので、ゲーム会社と馬主業界がなんらかの協定を結んでいる可能性はあります。株式会社Cygames(『ウマ娘 プリティーダービー』の開発・発売元)は明らかになんらかの契約を結んでいると思います。さらに言えば、実在のものをそのまま使用するのではなく、モチーフとすることで元ネタのイメージを壊した場合の賠償請求がありえるのか、とも考えています。

 個人的には「法的に問題ないのに許可が出ないからやらない」というのは、世の中に誤解を与えてしまうため、実はとてもよくないと思っています。このゲームのせいで、馬主の許可がなければ、馬名や馬をゲームや漫画等の著作物で使用できないと誤解されてしまいかねませんので、その点も株式会社Cygamesはきっちり明記してほしいと思います。マナーはそうかもしれませんが、そんなマナーはないと裁判所も判断しています。そこは法律ときちんと分ける必要があると思います。

 最高裁判決においては、馬の顧客吸引力、すなわちパブリシティ権を認める余地があることを示しています。引用します。


 「競走馬の名称等が顧客吸引力を有するとしても、物の無体物としての面の利用の一態様である競走馬の名称等の使用につき、法令等の根拠もなく競走馬の所有者に対し排他的な使用権等を認めることは相当ではなく、また、競走馬の名称等の無断利用行為に関する不法行為の成否については、違法とされる行為の範囲、態様等が法令等により明確になっているとはいえない現時点において、これを肯定することはできないものというべきである。

 したがって、本件において、差止め又は不法行為の成立を肯定することはできない。

 なお、原判決が説示するような競走馬の名称等の使用料の支払を内容とする契約が締結された実例があるとしても、それらの契約締結は、紛争をあらかじめ回避して円滑に事業を遂行するためなど、様々な目的で行われることがあり得るのであり、上記のような契約締結の実例があることを理由として、競走馬の所有者が競走馬の名称等が有する経済的価値を独占的に利用することができることを承認する社会的慣習又は慣習法が存在するとまでいうことはできない」


 これをわかりやすく言い換えると、


 「馬にも人間と同じようなパブリシティ権はあるかもね。でもあるかどうかについて決めるのは、裁判所じゃなくて国会の仕事はないか。馬は法律上はモノだから、人じゃないよ。国会が決めてないものに裁判所が勝手に権利を与えるほど、社会的に馬の権利は認知されてないよ」


 となります。


 これは裏を返せば、裁判所としても馬に権利は認めてあげてもいいんじゃないか、という感じです。実際「ギャロップレーサー事件」については、下級審で馬のパブリシティ権は認められていました。『ギャロップレーサー』というゲームは、実在の馬に乗ったような体験ができるというのがウリのゲームだったので、『ダービースタリオン』のように記号として馬の名前が出てくるわけではありませんから、このような判断もありでしょう。


 「オルフェーブル」や「ディープインパクト」のラストランは、中山競馬場がとんでもないことになっていますし、カレンダーやぬいぐるみだってめちゃくちゃ売れてます。馬に顧客吸引力がない、というのは私からしても不自然です。


 上記判決は平成16(2004)年のもの、いまはもう令和です。『ウマ娘』のようなゲームが出てきた以上、私としてもこういった微妙な権利の調整について、国会の仕事に期待したいところです。


▼参考URL(2021/06/05現在)

『ウマ娘 プリティダービー』公式サイトより 「応援してくださっているファンの皆さまにご注意いただきたいこと」



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